展示
清水國小藝文園區は、台中市清水区にある清水国民小学校の敷地内に残る、日本統治時代の1934年に建設された校長宿舎や教員宿舎群をリノベーションし、2018年にオープンした文化施設である。 5棟の宿舎は日式住宅(日本家屋)として建てられ、戦後も長く教員…
新東糖廠文化園区(都蘭糖廠)は、1933年、台東縣都蘭に建設された民間の製糖工場「新東糖廠」がリノベーションされた文化施設である。この場所は東台湾では比較的早い時期に建設された製糖工場の一つだったが、1991年に操業が停止し、2002年には歴史建築と…
清水眷村文化園区は、台中市清水区にある眷村(軍人・軍属住宅地)の住宅群をリノベーションし、展示、アート活動、イベントなどが行われる文化施設として2014年にオープンした。 この眷村は、日本統治時代に日本海軍の関連施設が置かれていた場所で、戦後の…
台中市后里にある月眉糖廠は、日本統治時代の1909年に建設された製糖工場を活用した観光商業施設である。当時、日本統治下の台湾では製糖業が重要な産業であり、月眉糖廠もその一つとして、台中地域のサトウキビ生産を支える製糖拠点として稼働した。工場は1…
臺灣府儒考棚は、清時代の台湾省城(現在の台中)で科挙試験を行うために建てられた施設である。建物は1891年に建設され、1893年に試験施設として使用が開始された。 1895年に日本統治が始まり科挙制度が廃止されると、施設の多くは解体されたが、この建物は…
新華美西装社は、1957年に開業した木造建築の背広仕立て屋で、リノベされて2022年にカフェとしてオープンした。元の建物は、1階が仕立て屋の西装社の店舗、2階が住居という角地に建つ商住一体の特徴をもつ。戦後に建てられた建物であるが、日本的都市住宅の…
鐵花・村長的家(村長の家)は、旧台東駅周辺を再開発したエンタメエリア「鐵花新聚落」の中にある日式住宅(日本家屋)をリノベしたスイーツカフェである。村長的家は、日本統治時代に建てられ、旧台東駅の駅長宿舎として使用されていた。 室内は日本家屋の…
輝室は、日本統治時代の1920年代に建てられた日式住宅(日本家屋)で、リノベーションされ2025年にレストランとしてオープンした。当時は、台湾大学法学部教授であり司法院院長・司法院大法官を務めた戴炎輝の住宅であった。2017年に市定古蹟に指定されてい…
鉄道芸術村は、1922年から運行が開始された軽便鐵道の終着駅舎(旧台東駅)とその周辺にある鉄道遺構が文創園区としてリノベーションされたものである。 かつて、台東と花蓮を結ぶ台湾東部を走っていた台東鉄道は、台湾主要部の鉄道とは異なる規格であったた…
国史館は、日本統治時代の1924年に建てられた元台湾総督府交通局遞信部庁舎で、現在は博物館として利用されている。設計は、台湾で数々の近代建築を設計している森山松之助によるもので、1998年には、市定古蹟に指定されている。 外観は西洋古典様式で、正面…
橋頭製糖工場は、日本統治時代の1902年に、台湾製糖株式会社が台湾で最初に稼働した本格的な製糖工場であった。1999年まで稼働し、台湾の製糖業を支えたが、現在はリノベーションされ、橋頭糖業文化園区として公開された。2008年には高雄市の市定古蹟に指定…
台東糖廠文化創意産業園区は、かつての製糖工場がリノベーションされた施設である。この建物は1913年に建設され、日本統治時代には「台東製糖株式会社」に属し、1957年にはパイナップル工場も併設して東部のパイナップル産業を支えたが、1996年に操業を停止…
花連文化創意産業園区は、1913年に設立された台湾総督府専売局花蓮港支局花蓮酒工場という名の醸造所であった。1988年にこの地での醸造は終わりを迎えた。2002年には歴史建築に登録されている。 ここは、台湾が推進する5大文化創意産業園区の一つであり、敷…
睞時攝影空間が入る建物は、日本統治時代の1930年頃に建てられた都市型の近代商業建築で、リノベーションされ2023年にオープンした。これは、1927~1931年にかけて実施された「京町改築計画」に基づいて建てられた。当時は、2・3階が食堂、1階が東京堂鐘錶(…
西本願寺廣場は、1912年から徐々に完成していった淨土真宗本願寺派の寺院の一部をリノベーションして2013年に公開された。当時は本堂、鐘楼、会館、輪番所などを備えた本願寺(京都)の別院のひとつであった。1975年に火災で本堂を含む主要な建物が焼失し、…
国立台湾博物館鉄道部園区のもともとの建物は、日本統治時代の台湾総督府土木課技師だった森山松之助による設計で、1920年に全体が完成した旧台湾総督府鉄道部庁舎である。それがリノベーションされ、2020年にオープンした。戦後は台湾鉄路管理局の庁舎とし…
台湾文学基地は、日本統治時代の1920~1940年代にかけて建てられた7棟の日式住宅(日本家屋)群をリノベーションし、台湾文学と歴史的建築を繋ぐ文化施設として、2021年に全面オープンした。 幸町職務官舍群と呼ばれるこのエリア(現在の泰安街、齊東街)は…
稲香館は、国立台湾大学農場の農機具室および農作業室だったものが、リノベーションされた。この施設には、ヴィンテージものの農具や穀物・種子、台湾大学農場の歴史や農業研究の成果に関連する資料が展示されている。また、台湾薬草茶室や文化創意のグッズ…
歴史文物館は、日本統治時代の末期に軍の倉庫だったものが、リノベーションされて2017年にオープンしている。 戦後は文学部の図書館や1976年以降は歴史文物館として運営されていたが、2016年になって、学際的な教育拠点、教員と学生とのコミュニケーションス…
新富町文化市場(U-mkt)は、1935年に新富町食料品小売市場として開設された公設市場がリノベーションされた複合クリエイティブ施設として、2017年にオープンした。ここは大型商業施設の進出や周辺市場の影響により事業が停滞していたが、2006年には市指定古…
大藝埕|ArtYardは、台北市の大稻埕エリアで展開されている歴史街屋のリノベーション・文化創意プロジェクトである。運営は「世代群(ArtYard運営チーム)」が担っていて、2011年に最初の拠点である「小藝埕」がオープンした。以降、エリア内で徐々に街屋を…
孫運璿 科技・人文紀念館は、行政院長(日本でいう首相)だった孫運璿の旧邸宅(日式住宅と洋館)をリノベーションし、2014年にオープンした施設である。日式住宅(日本家屋)は、日本統治時代の1920年代に台湾銀行公邸として建てられたもので、孫運璿が入居…
順益台灣美術館は、1947年に建てられた建物で、リノベーションされ2020年に美術館としてオープンした。当時は、自動車部品販売店「順益行」(順益グループの前身)で、創業社長が台湾の美術品をこつこつとコレクションしてきた。 そのうち台湾の原住民文化に…
靜心苑は、日本統治時代に設立された日式住宅(日本家屋)である「松山療養所」の所長宿舎と一般宿舎の2棟をリノベーションしたもので、靜心苑一館、靜心苑二館として2020年にオープンした。それぞれの宿舎は1935年(昭和10年)に建てられ、当時の和洋折衷の…
打狗英国領事館文化園区は、日本統治になる以前の1879年に完成した当時のイギリス領事館関連施設がリノベーションされた施設である。当時、山の上には当時の領事官邸(打狗英國領事館官邸)が、麓には英国領事館があり、2019年には、その二つを繋ぐ登山古道…
集食行楽と台北花博爭艷館は、2010年に開催された台北国際花卉博覧会の会場跡が再編された施設である。そして、その台北国際花卉博覧会場は、閉鎖された中山サッカースタジアムをリノベーションしたものであった。 いまこの施設には、コンテナを用いた多くの…
重光診所は、1949年に医師・劉肇芳が建てた診療所兼住宅だったもので、銅鑼地域における医療の記憶を伝える施設となっている(現在は閉鎖中)。2004年に歴史建築として登録されている。 建物は木造2階建てで和洋折衷、診療と住居を分けた平面構成が残され、…
彰化扇形庫は、日本統治時代の1922年に建てられた鉄道用扇形機関車庫で、2005年に展望デッキがつくられ一般公開された。2022年には国定古蹟(国宝級の重要文化財)に指定されている(縣定古蹟からの昇格)。 当時から台湾総督府鉄道部による機関車の整備・収…
撫臺街洋樓は、日本統治時代の1910年に建てられた洋風石木混合建築で、リノベーションされている。歴史展示や講演会の場として10年近く台湾歷史資源経理学会によって運営されてきたが、2024年から一時休館となっていて、再開が待たれている。 この建物は、建…
屏東演武場は、日本統治時代の1930年に建てられた演武場(武道場・武徳殿)で、リノベーションされ2019年にオープンした。当時は、大日本武徳会の屏東支部に属する武道訓練施設であった。2003年には歴史建築に登録されている。 寄棟屋根、唐破風(入口部分の…
