展示
金錦町は、日本統治時代の1920年代に建てられた日式住宅(日本家屋)で、中級官吏宿舎をリノベして、2019年にオープンしたスイーツブランドの旗艦店である。 リノベは、林百貨や藍晒圖文創園区などのにも携わった打開聯合文化創意有限公司のチームが担当した…
撫臺街洋樓は、日本統治時代の1910年に建てられた洋風石木混合建築で、リノベーションされている。歴史展示や講演会の場として10年近く台湾歷史資源経理学会によって運営されてきたが、2024年から一時休館となっていて、再開が待たれている。 この建物は、建…
国家撮影文化中心台北館は、日本統治時代の1937年に建てられた大阪商船株式会社台北支店でリノベーションされ、台湾の国立写真・映像芸術専門機関として2021年にオープンした。この建物は、日本の著名建築家の渡辺節が台湾で設計した唯一のもので、大阪商船…
菊元百貨は、日本統治時代の1932年、繊維商として成功した実業家の重田榮治によって経営された百貨店である。当時は台湾初の本格的な百貨店として営業し、台南の林百貨、高雄の吉井百貨と並ぶ台湾三大百貨店の一つであった。 戦後は国民政府に接収され、1979…
光在錦町(Light On Shining Town)は、日本統治時代の1920年代に建てられた日式住宅(日本家屋)で、山林課や専売局職員の官舎群を4年もの年月をかけてリノベされ、2026年5月にオープンした文創空間である。 リノベ後は、シンガポール発のカフェ「ALCHEMIST…
国家漫画博物館園区は日本統治時代に建てられた日式住宅(日本家屋)の官舎群、演武場(武道場)とその付属建物、浴場など19棟の施設群がリノベーションされたもので、2024年にオープンした。官舎群はもともと刑務所敷地内の職員用の住宅で1915年~1922年に…
不老夢想125號は、1933年に日本人眼科医・宮原武熊(「宮原眼科」の創設者・院長)が建てた別邸をリノベーションしたもので、高齢者が働くレストラン「不老食光」が入る高齢者向け文化創意施設である。 戦後は、1989年まで台中市長公館として利用され、2002…
台中駅鉄道(臺中驛鐵道)文化園区は、台中の歴史と文化が感じられる魅力あふれるリノベスポットである。元々の台中駅は日本統治時代の1917年に完成し、その後も台中の重要な交通拠点として長く親しまれてきた。1995年には台湾の国定古蹟(国宝)に登録され…
富興工廠1962は、1962年に建設された台湾初の化粧品工場「盛香堂工廠」をリノベーションし2021年8月にオープンした商業施設とワークスペースである。約2,300㎡の施設の中に、レストラン、カフェ、セレクトショップ、古書店、撮影室、コワーキングスペースな…
台南美術館第一館は、日本統治時代の1931年に建設された元台南警察署を美術館にリノベーションしたものである。元の警察署は、数々の増築を経て複雑な2階建ての建物となったが、それでも、警察署としての機能としては足りなくなったため、別の場所に移転され…
斗六公民会館は、日本統治時代の1926年に建てられた行啓記念館のリノベーションである。ここは当時、昭和の皇太子が1923年に台湾を訪問したことを記念して整備された施設で、地域住民の集会や講演の場などに利用されていた。 戦後は、雲林県政府の工商関連部…
西螺延平老街は、台湾中部・雲林県西螺鎮にある老街である。西螺は水運と結びついた物流拠点でもあって、米と醤油の産地として栄えてきた歴史がある。 清代から続く通り沿いの商業街として形成され、バロック風意匠の街屋が連続している。特に装飾的なファサ…
九份老街は、多くの観光客が訪れる九份にある。この地は、金鉱開発によって形成された山間集落で、急斜面に沿う細い路地や階段が連続し、建物が立体的に重なり合う独特の街並みがある。 細い路地状の階段とその合間に赤提灯が灯るノスタルジックな風景は、映…
大渓老街は、桃園市大渓区にある清朝時代末に形成された商業街老街で、日本統治期にバロック風の装飾をもつ街屋へ変わった。この老街は、和平路を中心として、中正路、中山路の3つの通りとそれらに連なる街屋群からなる。 通りは2階建ての煉瓦建築が連なって…
糖鐵故事館|旗山車站は、日本統治時代の1915年に建てられた糖業鉄道の駅舎で、リノベーションされ2016年に糖鐵故事館としてオープンした。高砂製糖が整備した鉄道は、打狗港(高雄)へも接続していたが、1978年に廃止された。その後、2005年に歴史建築とし…
旗山生活文化園区は、日本統治時代の1912年に建てられた小学校校舎をリノベし、文化施設として再生されたものである。当時は日本人のための小学校であったが、戦後は鼓山國民小學として2001年まで使用されていた。2010年に市定古蹟に指定されている。 建物の…
丸荘醤油観光工廠は、1909年に創業した黒豆醤油の製造を行う「丸荘醤油」の工場を活用し、2008年に観光工場として公開された施設である。 この建物の2階には醤油の製造工程や歴史を紹介する展示スペースがあって、裏庭には発酵用の陶製の甕(かめ)が並んで…
台南知事官邸は、日本統治時代の1900年に建てられた台南県知事の官邸で、リノベーションされ2011年に活用が始まり、2020年に現在の形である「台南知事官邸生活館」としてオープンした。 当時は知事の官舎として使用されたが、1901年には台南庁の管理となり、…
檜意森活村は、もともと阿里山での林業に従事する人々の宿舎として、日本統治時代の1914年から1944年の間に建てられた日式住宅(日本家屋)群をリノベーションし、2014年にオープンしたパークである。2005年には、敷地全体が歴史建築に登録されている。 3.4h…
光點台北は、日本統治時代の1926年に建てられたアメリカ領事館官邸で、リノベーションされ2002年にオープンした。戦後はアメリカ大使官邸として使用されていたが、1979年の中華民国とアメリカ合衆国の国交断絶後に閉じられ、その後長らく空き家となっていた…
五福商店は、日本統治時代の1930年、当時の台南の繁華街(銀座通り)に建てられた輸入雑貨を扱う店舗だったものがリノベーションされ、2025年前後にオープンした。 建物は3階建てで、アールデコのデザインを基調としながら、頂部に曲線的な山破風や装飾も取…
元台南測候所は、日本統治時代の1897年に建てられた気象観測施設で、リノベーションされ2004年に展示施設としてオープンした。ここは、台湾総督府が台北・台中・台南・恒春・澎湖に設置した測候所のうち現存する唯一の施設である。1998年に台南市市定古蹟に…
菁桐坑は、日本統治時代の1920年代以降に台陽鉱業によって採掘と関連施設の整備が進められた鉱業エリアである。炭鉱の衰退により、20世紀後半には採掘は終了した。いま、このエリアでは旧炭鉱施設が展示施設やカフェにリノベーションされ、菁桐駅、菁桐老街…
一見.菁桐は、日本統治時代の1940年に建てられた台陽鉱業の平溪招待所をリノベーションし、2023年にオープンした文化空間である。ここは、炭鉱企業の来客や幹部を迎える接待ゲストハウスとして使用されていた。戦後は用途を変えながら存続し、2003年に直轄…
鉄道部台北工場車両修理工場は、日本統治時代の1909年に建てられた鉄道車両の修理工場で、リノベーションされ2023年に公開された。もともとは清朝時代に設置された機器局の敷地で、日本統治初期に鉄道部が接収して台北工場として整備したものである。 その後…
蒜頭糖廠蔗埕文化園区は、日本統治時代の1906年に建てられた製糖工場をリノベーションし、文化観光施設として整備された園区である。当時は明治製糖による台湾有数の生産量を持つ製糖拠点であったが、2001年の台風被害により製糖事業は停止した。園区全体は2…
多力米故事館は、日本統治時代の1940年に建てられた精米工場(建興米廠)で、リノベーションされ2011年にオープンした。 この建物には、当時の精米機械や池上米に関する展示コーナー、池上米と米粉を使った商品の販売コーナー、カフェレストラン「池上好店」…
Cama Coffee Roasters 豆留森林は、日本統治時代の1937年、台北の陽明山山麓に建てられた林業試験所の分所長宿舎で、リノベーションされ2019年にオープンした。和洋折衷の日式住宅(日本家屋)で2012年に歴史建築に登録されている。 日本家屋の間取りを活か…
大屯郡役所は、日本統治時代の1924年に建てられた台中州大屯郡の行政官署で、リノベーションされ2022年に公開された。当時は郡の行政を担う役所として使用されていたが、戦後は軍に接収され、1963年には憲光七村として国軍関係者とその家族の居住地としても…
孫立人将軍紀念館は、日本統治時代に建てられた日本家屋をリノベーションして2018年に展示施設としてオープンした。もともとは日本人の住宅だったが、戦後は中華民国軍の将軍だった孫立人がクーデターで1955年の失脚後、1988年まで長期間にわたり軟禁生活を…
