文化創意園区
再見捌捌陸(台湾眷村文化園区)は、日本統治時代の1930年代に建設された旧日本海軍の軍官宿舎を戦後に眷村(明德新村)として再利用した施設で、リノベーションされ2018年に文化施設としてオープンした。戦後は中華民国政府が国共内戦後に移住した国民党軍…
繋・本屋は、日本統治時代に屏東飛行場関連の宿舎群として建設された日式住宅(日本家屋)をエリア全体でリノベーションした勝利星村創意生活園区(勝利区)の中にある独立系書店である。ここの創設者がエスニック・民間信仰・飲食文化研究を専門としている…
渓湖糖廠は、日本統治時代の1919年に建てられた製糖工場で、最初は大和製糖として操業を開始し、戦後に台湾糖業に合併され渓湖糖廠となった。2002年に製糖工場としての稼働は終了し、2010年には、運搬に使われた駅舎が歴史建築に登録されている。 園区内の工…
中原文創園区は、1957年に建てられた軍用倉庫で、リノベーションされ2023年にオープンした。当時は、国防部聯合後勤司令部の物資保管庫として使用されており、番号は「六一三」庫、中壢補給分庫とも呼ばれ、「天下第一庫」と称されるほどの規模を誇っていた…
建国眷村(虎尾郷建国村)は、日本統治時代の1943年に建設された日本海軍航空隊虎尾飛行の兵舎群跡で、2022年にリノベが完成し、2023年にオープンした。この敷地全体が2015年に文化資産「聚落建築群」に登録されている。 建国村は、第二次世界大戦末期の米軍…
西竹囲丘文創園区は 、旧台南長官邸とその周囲にある臺南一中学校職員宿舍群一体リノベーションで、2020年に文化創意園区(クリエイティブパーク)としてオープンした。2階建ての旧職員寮には、クラフトやアーティストの作品や雑貨を扱うショップ、カフェ、…
総爺藝文中心は、日本統治時代の1912年に建てられた明治製糖の総爺工場と本社をリノベーションしたもので2001年にオープンした。戦後には台湾製糖に吸収合併され、1993年に工場は閉鎖、1999年には紅楼事務所、工場長宿舎、招待所、日式庭園、百年樟樹群など…
台湾當代文化実験場(C-LAB)は、空軍総司令部跡地をリノベーションし、文化拠点として2018年にオープンした。かつては、日本統治時代の1930年に建てられた台北無線電信所で、通信施設として使用されていたが、戦後の1949年に台湾空軍総司令部として転用され…
嘉芸点水道頭文創聚落は、日本統治時代の1930年代につくられた水道供給関連の日本人職員、技術者宿舎の日式住宅(日本家屋)群のリノベーションである。 この日式住宅群のは、日本統治時代の1933年に建設された水道配水塔を中心とする近代的な浄水・水道供給…
板橋435芸文特区はもともと1959年に建てられた台湾國軍退除役官兵輔導委員会の会計士訓練センターをリノベーションしたもので、2014年にオープンした。1985年にセンターは廃止され、長らく放置されていたが、新北市の芸術文化振興の計画のもと、アートセンタ…
少帥禅園は、日本統治時代の1920年に建てられた温泉旅館「新高旅社」をリノベーションし、1986年にオープンした施設である。当時、この建物は北投温泉地で有名な高級旅館として利用されていたが、第二次世界大戦末期には特攻隊員が出撃前に滞在する休息所と…
国家漫画博物館園区は日本統治時代に建てられた日式住宅(日本家屋)の官舎群、演武場(武道場)とその付属建物、浴場など19棟の施設群がリノベーションされたもので、2024年にオープンした。官舎群はもともと刑務所敷地内の職員用の住宅で1915年~1922年に…
台中駅鉄道(臺中驛鐵道)文化園区は、台中の歴史と文化が感じられる魅力あふれるリノベスポットである。元々の台中駅は日本統治時代の1917年に完成し、その後も台中の重要な交通拠点として長く親しまれてきた。1995年には台湾の国定古蹟(国宝)に登録され…
隆田ChaCha文化資産教育園区は、台湾塩業公司(台塩)の隆田貯蔵所として使用されていた倉庫群をリノベーションし、2022年に教育文化施設としてオープンした。この施設は、かつて塩や砂糖などの産品を保管・輸送する重要な拠点であり、約4.3haの敷地の中に11…
華山紅磚六合院は、日本統治時代の1918年に建てられた樟脳精製工場で、リノベーションされ2012年にオープンした。華山1914文化創意産業園区を構成する西エリア(西区)として再生されている。1967年に樟脳精製の役割が終了し、2007年には台北市の歴史建築に…
馬祖新村眷村文創園區は、1957年に建てられた陸軍第84師団の軍人とその家族のための眷村で、リノベーションされ2018年に馬祖新村眷村文創園區としてオープンした。陸軍第84師団は台湾の馬祖諸島に駐留していた師団で、この文創園区の名前の由来である。2004…
音樂巷は、かつての台湾鉄路(台鉄)職員の官舎群跡がリノベーションされ2024年にオープンした。RCの近代宿舎が10棟ほど並び、一部の建物は外壁を植物が覆う姿を残している。 この施設では、原住民の若者世代で構成される「親愛愛樂」が拠点を構え、音楽文化…
駁二大勇倉庫街は、駁二藝術特区内の中央に位置する倉庫街のエリアでのリノベーションである。2012年から7つの倉庫街がこの特区の構成要素として位置づけ、現在は12のリノベされた倉庫がある。演劇広場や大空間の貸し出しスペースも兼ね備え、パフォーマンス…
駁二大義倉庫街は、駁二藝術特区内の最も東側に位置する倉庫街のリノベーションである。芸術特区内では最後(三つ目)の拠点に位置づけられており、主に文化創意産業の発展拠点として機能している。 大義倉庫は、かつて高雄港埠頭で積み荷を保管していた6棟…
台中文学館は、日本統治時代の1932年に建てられた6棟の日式住宅(日本家屋)の警察官舎群をリノベーションしたものである。2009年に台中市が歴史建築に登録し、2016年8月に文学館としてオープンしている。 この日式住宅は構造も含めてよい状態で残されていた…
勝利星村創意生活園区を構成する3つのエリアのうちの勝利区エリア。勝利区は、このページ最後のガイドマップにあるように、そのエリア規模は大きく、48もの日式住宅群である。 それぞれの住宅のリノベ後には、レストラン、ベーカリー、カフェ、ファッション…
中興文化創意園区は、かつて日本統治時代の1935年に「臺灣興業株式會社」として設立された中興製紙工場で、台湾最大、さらには東南アジア最大の製紙工場として広く知られていた。戦後、1959年に国民党政権に引き継がれ、国営企業「台湾中興紙業股份有限公司…
羅東林業文化園区は、日本統治時代の1921年から稼働した林業拠点で、さまざまな施設がリノベーションされ2004年にオープンした。当時は森林鉄道を利用して運ばれる木材の集積と輸送の拠点として、羅東出張所・木材集積場・貯木池・倉庫・線路・日式住宅(日…
蕭壠文化園区は、日本統治時代の1906年に日本の明治製糖株式会社が設立した台湾初の近代的製糖工場をリノベーションし、文化園区として2005年に第1期がオープンした。「蕭壠」という名前の由来は、かつてこの場所が「蕭壠」と呼ばれていたこと、台湾原住民…
藍晒圖文創園区は、日本統治時代の1920年代に建てられた職員官舎と、戦後の1962年に建てられたレンガ造の宿舎からなる連棟型の宿舎群跡で、リノベーションされ2015年にオープンした。当時は、台南地方法院に勤務する司法関係者の官舎として使用されていたが…
橋頭製糖工場は、日本統治時代の1902年に台湾製糖株式会社が、台湾で最初に稼働した本格的な製糖工場であった。1999年まで稼働し、台湾の製糖業を支えたが、現在はリノベーションされ、橋頭糖業文化園区として公開され、台湾の製糖産業発展の歴史や日本統治…
大港倉410は、かつて高雄港の第三船渠にあった港湾倉庫で、リノベーションされ2022年にショッピングモールとしてオープンした。古い倉庫の柱や梁は残されつつも、構造上重要でない壁は除かれ透過性の高いガラス面となっている。また、船荷に関する遺物、煙火…
猴硐煤鉱博物園区は、かつて台湾最大級の石炭の採掘地域の一つであった猴硐(ホウトン)にあった瑞山鉱業(炭鉱)のリノベーションである。瑞山鉱業は1934年に設立され、石炭の精製を行う工場、倉庫、石炭輸送橋で構成される。その生産は1970年代にピークを…
勝利星村創意生活園区は、もともと日本統治時代に屏東飛行場関連の宿舎群として建設された日式住宅(日本家屋)をエリア全体でリノベーションしたものである。 日本占領時代の1927年に、日本の陸軍飛行隊が屏東に駐したため、その軍人が暮らすため、屏東飛行…
1904年設立された「台南製糖」は1961年に「善化糖廠」となり、現在もその製糖工場は台湾に残る2つの稼働中の製糖工場のひとつである。 善糖文化園区は、その稼働中の製糖工場に隣接する4つの赤レンガ造りの宿舎群を、カフェ、ベーカリー、レストランにリノベ…
