[登録]歴史建築
糖鐵故事館|旗山車站は、日本統治時代の1915年に建てられた糖業鉄道の駅舎で、リノベーションされ2016年に糖鐵故事館としてオープンした。高砂製糖が整備した鉄道は、打狗港(高雄)へも接続していたが、1978年に廃止された。その後、2005年に歴史建築とし…
西螺東市場は、清朝時代に形成された市場が起源で、今の形には戦後の1950年代に整備され、それがリノベされて2011年から文創空間として活用されている。 西螺は南北の商人が集まる交通結節点として発展し、この市場が商業の中心を担っていた。その後、交通網…
檜意森活村は、もともと阿里山での林業に従事する人々の宿舎として、日本統治時代の1914年から1944年の間に建てられた日式住宅(日本家屋)群をリノベーションし、2014年にオープンしたパークである。2005年には、敷地全体が歴史建築に登録されている。 3.4h…
Brick Yard 33 1/3(美軍倶楽部)は、戦後台湾に駐在したアメリカ軍将校家族のための社交クラブをリノベーションし、2016年にレストランとしてオープンしたもの。 この社交クラブは、台北にある陽明山・山仔后のアメリカ軍宿舎地区の中心部に1950年代に建て…
菁桐日式宿舎群は、日本統治時代の1915年に建てられた台陽鉱業の職員宿舎群で、その後1940年までの間に改築が行われてきた。これらの住宅は炭鉱開発に従事する職員のための宿舎として整備されたもので、工場長の戸建て1棟と、職員用の2戸1形式の宿舎5棟(計1…
士林紙廠は、日本統治時代の台湾製紙によって1921年に建てられた製紙工場。戦後は国民政府により接収され、1959年には士林紙業による事業となったが、1998年に閉鎖された。2021年には台北市の歴史建築に登録されている。 赤レンガ造による大スパン空間の製紙…
蒜頭糖廠日式宿舎群は、日本統治時代の1910年にかけて建てられた明治製糖の工場職員のための宿舎群である。この宿舎群は蒜頭糖廠蔗埕文化園区の中にあり、工場区域とは別に北側にゾーニングされた住宅エリアとして配置されている。現在、木造宿舎10棟と関連…
魚刺人雞蛋糕(實桑店)は、日本統治時代の日本家屋群を再生した「宝桑町屋」と同じエリア内にあるブランド焼き菓子専門店で、2025年にオープンしている。宝桑町屋は日本家屋をリノベした旅館ホテルで、そこに導入されたカフェである。 建物の前庭には池があ…
台東県警察局長宿舎は、日本統治時代の1917年に日式住宅(日本家屋)として建てられた警察局長官舎のリノベーションである。2016年10月には歴史建築として登録されている。 当時の様子に復元するためのリノベーション工事は終了していて、現在は再利用に向け…
Cama Coffee Roasters 豆留森林は、日本統治時代の1937年、台北の陽明山山麓に建てられた林業試験所の分所長宿舎で、リノベーションされ2019年にオープンした。和洋折衷の日式住宅(日本家屋)で2012年に歴史建築に登録されている。 日本家屋の間取りを活か…
大屯郡役所は、日本統治時代の1924年に建てられた台中州大屯郡の行政官署で、リノベーションされ2022年に公開された。当時は郡の行政を担う役所として使用されていたが、戦後は軍に接収され、1963年には憲光七村として国軍関係者とその家族の居住地としても…
台中州庁附属建築群は、日本統治時代の1920年代に建てられた台中州の行政機能を補完する附属施設群で、リノベーションされ2022年に公開された。当時は税務課倉庫、警務部庁舎、文書倉庫などとして使用されていたが、戦後は軍に接収されていた。2006年に歴史…
北町丼飯屋は、日本統治時代の日本家屋群の一棟をリノベしたもので、居酒屋レストランで、2025年にオープンしている。 このエリアは、日本統治時代に形成された官舎・宿舎群が、旅館ホテル群「宝桑町屋」の一角にあり、宿泊客が利用できる。 客席にはテーブ…
青禾薀 Aohausは、日本統治時代末期の1940年代に建てられた和洋折衷住宅をリノベーションしたレストランである。もともとの住宅は、当時の高級官僚向け住宅で、戦後は樟腦局副局長や台湾省工業試験所長などを歴任した劉青和(劉欽侯)が住んでいた。2003年に…
菅宮勝太郎宅は、台東に残る日本統治時代の1932年に建てられた日式住宅(日本家屋)をリノベーションした施設で、2014年にオープンしている。 もともとは新港支庁長であった菅宮勝太郎が自ら居住するために建てた個人住宅で、戦後は政府に接収されたのち、高…
営林所台中出張所宿泊所は、日本統治時代の1930年に、八仙山林業場へ往来する職員のために建てられた宿泊施設のリノベで、2025年にオープンしている。 建物は、台湾でも珍しい木造の2階建て日式建築(日本家屋)で、2015年には、台中市の歴史建築に登録され…
楊肇嘉先生紀念館は、「清水國小藝文園區」の西側にある人物記念館で、日本統治時代の1934年に建てられた清水公学校の校長宿舎と教員宿舎をリノベーションし、2018年にオープンした施設である。これらの建物は、当時日式住宅(日本家屋)として建てられたも…
清水國小藝文園區は、台中市清水区にある清水国民小学校の敷地内に残る、日本統治時代の1934年に建設された校長宿舎や教員宿舎群をリノベーションし、2018年にオープンした文化施設である。 5棟の宿舎は日式住宅(日本家屋)として建てられ、戦後も長く教員…
新東糖廠文化園区(都蘭糖廠)は、1933年、台東縣都蘭に建設された民間の製糖工場「新東糖廠」がリノベーションされた文化施設である。この場所は東台湾では比較的早い時期に建設された製糖工場の一つだったが、1991年に操業が停止し、2002年には歴史建築と…
台中市后里にある月眉糖廠は、日本統治時代の1909年に建設された製糖工場を活用した観光商業施設である。当時、日本統治下の台湾では製糖業が重要な産業であり、月眉糖廠もその一つとして、台中地域のサトウキビ生産を支える製糖拠点として稼働した。工場は1…
民雄日式招待所文創園区は、日本統治時代の1940年に建てられた民雄放送所(中央廣播電臺民雄分臺)の日式(日本家屋)の招待所と職員宿舎群で、リノベーションされ2017年に文創園区としてオープンした。招待所は、民雄放送所の幹部や来客の接待施設として使…
機關車庫Tea House 1917は、日本統治時代の1917年に建てられた旧機関車庫をリノベーションし、2025年にオープンしたカフェ・レストランである。 この機関車庫では、列車の整備・修理が行われていた。台湾東部の鉄道網にあった三大機関車庫のうち、唯一現存す…
鉄道芸術村は、1922年から運行が開始された軽便鐵道の終着駅舎(旧台東駅)とその周辺にある鉄道遺構が文創園区としてリノベーションされたものである。 かつて、台東と花蓮を結ぶ台湾東部を走っていた台東鉄道は、台湾主要部の鉄道とは異なる規格であったた…
宝桑町家は、日本統治時代の1940年代初頭に建設された17棟ある「北町日式建築宿舍群」のうち8棟をリノベした旅館ホテル群である。これらの日式住宅(日本家屋)の当時は主に台東中学校と高等女学校の職員宿舎や、地方公務員の寮として利用されていたものであ…
台東市の「北町日式建築宿舍群」は、日本統治時代の1940年代初頭に建設された日式住宅(日本家屋)ので、主に台東中学校と高等女学校の職員宿舎や、地方公務員の寮として利用されていた。台東県政府はこれら17棟の日式住宅群を歴史建築として2007年に登録し…
嘉義文化創意産業園区は、1916年に日本統治時代に台湾初の高麗酒を生産する大正製酒株式会社の醸造所として設立された。その後、1982年に醸造所の機能が民渓工業団地に移転し、この地での役割を終えた後、リノベーションを経て2003年にオープンした。同年200…
台東糖廠文化創意産業園区は、かつての製糖工場がリノベーションされた施設である。この建物は1913年に建設され、日本統治時代には「台東製糖株式会社」に属し、1957年にはパイナップル工場も併設して東部のパイナップル産業を支えたが、1996年に操業を停止…
中興文化創意園区は、かつて日本統治時代の1935年に「臺灣興業株式會社」として設立された中興製紙工場で、台湾最大、さらには東南アジア最大の製紙工場として広く知られていた。戦後、1959年に国民党政権に引き継がれ、国営企業「台湾中興紙業股份有限公司…
花連文化創意産業園区は、1913年に設立された台湾総督府専売局花蓮港支局花蓮酒工場という名の醸造所であった。1988年にこの地での醸造は終わりを迎えた。2002年には歴史建築に登録されている。 ここは、台湾が推進する5大文化創意産業園区の一つであり、敷…
台湾文学基地は、日本統治時代の1920~1940年代にかけて建てられた7棟の日式住宅(日本家屋)群をリノベーションし、台湾文学と歴史的建築を繋ぐ文化施設として、2021年に全面オープンした。 幸町職務官舍群と呼ばれるこのエリア(現在の泰安街、齊東街)は…
