[登録]直轄市定古蹟
台南刑務所木造宿舎群 は、日本統治時代の1930年代に現在の姿に近い日式住宅として完成した宿舎群で、現在リノベーションが進行中である。 当時は、臺南刑務所の所長宿舍・官舍・単身宿舎・武道館・浴場として使用されていた日式家屋であったが、1983年に廃…
台湾銀行前南菜園日式宿舎群は、台湾銀行の職員宿舎として11920年に建設された日式住宅(日本家屋)群のリノベーションで、2023年に完成している。 この住宅群は南向きに配置された大型の二戸一型のもので、建物の高さや敷地規模も大きく、当時の住環境は良…
西市場は、日本統治時代の1905年につくられた台南最大の市場をリノベして、2025年8月にグランドオープンした。2003年には台南市の市古蹟として指定されている。 この建物は街区の中央にL字型で配置され、中央の二階建て部分を中心に、北側と東側に翼棟が伸び…
六燃丁種宿舎は、日本統治時代の1940年代に建設された日本第六海軍燃料所(六燃)の職員のための日本家屋式の宿舎だったものがリノベされ、2025年にオープンした。 六燃丁種宿舎は、歴史的価値と地域の生活文化を示す建築として修復が行われ、2025年に一般公…
府東創意森林は、日本統治時代の1923年に建てられた台南州立農事試験場の宿舎群であり、リノベーションを経て2022年にオープンした。 当時は農業技術者の官舎として使用されていたが、1990年代に試験場の機能が移転し、2004年には台南市の市定古蹟に登録され…
西竹囲丘文創園区は 、旧台南長官邸とその周囲にある臺南一中学校職員宿舍群一体リノベーションで、2020年に文化創意園区(クリエイティブパーク)としてオープンした。2階建ての旧職員寮には、クラフトやアーティストの作品や雑貨を扱うショップ、カフェ、…
台南市消防史料館は、日本統治時代に建設された旧台南合同庁舎をリノベーションし、消防署としての機能を残しつつ、一部を消防史料館として2019年にオープンしている。もとの建物は、1930年に建設された火見楼と呼ばれる火の見やぐらを中心に、1937年に増築…
総爺藝文中心は、日本統治時代の1912年に建てられた明治製糖の総爺工場と本社をリノベーションしたもので2001年にオープンした。戦後には台湾製糖に吸収合併され、1993年に工場は閉鎖、1999年には紅楼事務所、工場長宿舎、招待所、日式庭園、百年樟樹群など…
文創PLUS-台南創意中心は、日本統治時代の1940年に建てられた愛国婦人会館で、リノベーションされ2012年にオープンした。 当時は愛国婦人会台南支部の活動拠点であったが、戦後は紅十字会(赤十字社)の管轄下に入り、その後、アメリカ大使館広報局台南支部…
淡水海関碼頭園区は、日本統治時代の1916年に建てられた赤レンガ造りの元倉庫で、リノベーションされ2016年に文化園区としてオープンした。 埠頭自体は1860年代の清朝時代に淡水港が国際貿易港として開港された際に整備されたもので、台湾茶や樟脳などの輸出…
国家漫画博物館園区は日本統治時代に建てられた日式住宅(日本家屋)の官舎群、演武場(武道場)とその付属建物、浴場など19棟の施設群がリノベーションされたもので、2024年にオープンした。官舎群はもともと刑務所敷地内の職員用の住宅で1915年~1922年に…
睞時攝影空間が入る建物は、日本統治時代の1930年頃に建てられた都市型の近代商業建築で、リノベーションされ2023年にオープンした。これは、1927~1931年にかけて実施された「京町改築計画」に基づいて建てられた。当時は、2・3階が食堂、1階が東京堂鐘錶(…
二二八国家記念館は、日本統治時代の1931年に建てられた台湾教育会館であり、リノベーションされ2011年にオープンした。当時は教育会館として利用されていたが、その後、台湾省参議会の議事堂や米国文化センターとしても使用され、1993年に台北市の市定古蹟…
西本願寺廣場は、1912年から徐々に完成していった淨土真宗本願寺派の寺院の一部をリノベーションして2013年に公開された。当時は本堂、鐘楼、会館、輪番所などを備えた本願寺(京都)の別院のひとつであった。1975年に火災で本堂を含む主要な建物が焼失し、…
臺北北門郵局は、日本統治時代の1930年に建てられた郵便・電信の合同庁舎で、2014年にリノベされ、2015年に郵政博物館臺北館(現・臺北館)が2階に開設された。1992年には直轄市定古蹟に登録されている。1階では、現在でも中華郵政の現役の郵便・貯金業務が…
萬華林宅は、もともと大富豪だった林家の住宅で1931年に建てられたものである。老朽化していろいろな利用方法が模索され、2016年に星巴克(スターバックス)としてオープンした。2000年には台北市の市定古蹟に登録されている。 建物は、赤レンガを用いたバロ…
国立台湾博物館古生物館は、1933年に建設された勧業銀行台北支店をリノベーションして2010年にオープンした。古生物館とはいうものの、1階には金融機関として使用されていた当時の金庫室が保存展示されており、金融の歴史も学ぶことができるユニークな施設で…
321巷 藝術聚落は、日本統治時代の1930年代に建てられた日本軍の歩兵第二聯隊の官舎群で、リノベーションされ2023年に再オープンした。当時は日本陸軍の軍官舎であったが、戦後は国立成功大学の教授宿舎として使用され、2003年には台南市の直轄市定古蹟に登…
安平蚵灰窯文化館は、カキ殻を焼いて石灰をつくるための焼成施設で、リノベーションされ2004年にオープンした。当時は、カキ殻を焼いて石灰をつくるための焼成施設として使用されていたが、この施設は1985年に廃止され、2006年には台南市の直轄市定古蹟に登…
北投文物館は、日本統治時代の1921年に建てられた高級温泉旅館「佳山旅館」のリノベーションで、2008年ににオープンした。1984年に「台湾民芸文物之家」として一般公開され、1987年に「北投文物館」と改名された。1998年には台北市の古蹟(重要文化財)に指…
橋頭製糖工場は、日本統治時代の1902年に台湾製糖株式会社が、台湾で最初に稼働した本格的な製糖工場であった。1999年まで稼働し、台湾の製糖業を支えたが、現在はリノベーションされ、橋頭糖業文化園区として公開され、台湾の製糖産業発展の歴史や日本統治…
糖廍文化園区は台北にあった製糖工場跡地で、その3つの倉庫がリノベーションされ、製糖業の歴史展示、劇団の拠点、コワーキングスペースなどに生まれ変わった。 台北製糖工場は日本統治時代の1911年から稼働を開始し、戦後まもなく停止し、その後は倉庫とし…
光點台北は、日本統治時代の1926年に建てられたアメリカ領事館官邸で、リノベーションされ2002年にオープンした。戦後はアメリカ大使官邸として使用されていたが、1979年の中華民国とアメリカ合衆国の国交断絶後に閉じられ、その後長らく空き家となっていた…
板橋放送所(伝奇放送科藝文創園区)は、日本統治時代の1930年に建てられた台湾総督府台北放送局の中波送信所であったが、リノベーションされ2022年にオープンした。戦後は国民党に接収され、中国広播公司の板橋送信所として使用された。2015年には新北市の…
中山蔵芸所は、日本統治時代の1921年に建てられた台北州職業紹介所で、リノベーションされ2017年にオープンした。 当初は、職業紹介や職業訓練を目的とした施設で、戦後は台北市衛生院、そして台北市政府衛生局として使用され、1994年からは空き施設となって…
蔡瑞月舞踊研究社は、もともと日本統治時代の1930年代に建てられた日式住宅の文官宿舎だったものが、1953年に台湾を代表するダンサー蔡瑞月に購入され、モダンダンスの稽古場として使用されていた建物である。 この建物は、もともとの日本式木造住宅の構法や…
磯永吉小屋は、日本統治時代の1925年に建てられた旧台湾総督府高等農林学校作業室で、リノベーションされ2017年にオープンした。2009年には市定古蹟に登録されている。2025年はちょうど100周年ということで、記念展示や周年事業が行われている。 当時は磯永…
孫立人將軍官邸は、日本統治時代の1909年に建てられた和洋折衷様式の木造二階建て家屋で、当初は台湾総督府土木局水道課の課長官邸として使用されていた。原設計は、現在も残る台湾の主要官庁を設計した森山松之助によるものである。 建設後は台灣總督的臨時…
西門紅楼は、日本統治時代の1908年に台湾初の公設市場として建設された歴史建築物をリノベーションしショップやカフェが集まる文化創意の複合商業施設として、2007年にオープンした。 建物は日本人建築家によるもので、入口ホールは東洋の風水思想をとりいれ…
梧棲文化出張所は、日本統治時代に建てられた梧棲官吏派出所とその警察官吏の宿舎群で、リノベーションされ2021年にオープンした。現存する赤レンガ造の派出所(宿舎付)は1931年に建てられ、1937年から1940年にかけて派出所の裏側にレンガ造の宿舎(副所長…
