[登録]直轄市定古蹟
総爺藝文中心は、日本統治時代の1912年に建てられた明治製糖の総爺工場と本社をリノベーションしたもので2001年にオープンした。戦後には台湾製糖に吸収合併され、1993年に工場は閉鎖、1999年には紅楼事務所、工場長宿舎、招待所、日式庭園、百年樟樹群など…
文創PLUS-台南創意中心は、日本統治時代の1940年に建てられた愛国婦人会館で、リノベーションされ2012年にオープンした。 当時は愛国婦人会台南支部の活動拠点であったが、戦後は紅十字会(赤十字社)の管轄下に入り、その後、アメリカ大使館広報局台南支部…
淡水海関碼頭園区は、日本統治時代の1916年に建てられた赤レンガ造りの元倉庫で、リノベーションされ2016年に文化園区としてオープンした。 埠頭自体は1860年代の清朝時代に淡水港が国際貿易港として開港された際に整備されたもので、台湾茶や樟脳などの輸出…
国家漫画博物館園区は日本統治時代に建てられた日式住宅(日本家屋)の官舎群、演武場(武道場)とその付属建物、浴場など19棟の施設群がリノベーションされたもので、2024年にオープンした。官舎群はもともと刑務所敷地内の職員用の住宅で1915年~1922年に…
二二八国家記念館は、日本統治時代の1931年に建てられた台湾教育会館であり、リノベーションされ2011年にオープンした。当時は教育会館として利用されていたが、その後、台湾省参議会の議事堂や米国文化センターとしても使用され、1993年に台北市の市定古蹟…
臺北北門郵局は、日本統治時代の1930年に建てられた郵便・電信の合同庁舎で、2014年にリノベされ、2015年に郵政博物館臺北館(現・臺北館)が2階に開設された。1992年には直轄市定古蹟に登録されている。1階では、現在でも中華郵政の現役の郵便・貯金業務が…
萬華林宅は、もともと大富豪だった林家の住宅で1931年に建てられたものである。老朽化していろいろな利用方法が模索され、2016年に星巴克(スターバックス)としてオープンした。2000年には台北市の市定古蹟に登録されている。 建物は、赤レンガを用いたバロ…
国立台湾博物館古生物館は、1933年に建設された勧業銀行台北支店をリノベーションして2010年にオープンした。古生物館とはいうものの、1階には金融機関として使用されていた当時の金庫室が保存展示されており、金融の歴史も学ぶことができるユニークな施設で…
321巷 藝術聚落は、日本統治時代の1930年代に建てられた日本軍の歩兵第二聯隊の官舎群で、リノベーションされ2023年に再オープンした。当時は日本陸軍の軍官舎であったが、戦後は国立成功大学の教授宿舎として使用され、2003年には台南市の直轄市定古蹟に登…
安平蚵灰窯文化館は、カキ殻を焼いて石灰をつくるための焼成施設で、リノベーションされ2004年にオープンした。当時は、カキ殻を焼いて石灰をつくるための焼成施設として使用されていたが、この施設は1985年に廃止され、2006年には台南市の直轄市定古蹟に登…
北投文物館は、日本統治時代の1921年に建てられた高級温泉旅館「佳山旅館」のリノベーションで、2008年ににオープンした。1984年に「台湾民芸文物之家」として一般公開され、1987年に「北投文物館」と改名された。1998年には台北市の古蹟(重要文化財)に指…
糖廍文化園区は台北にあった製糖工場跡地で、その3つの倉庫がリノベーションされ、製糖業の歴史展示、劇団の拠点、コワーキングスペースなどに生まれ変わった。 台北製糖工場は日本統治時代の1911年から稼働を開始し、戦後まもなく停止し、その後は倉庫とし…
板橋放送所(伝奇放送科藝文創園区)は、日本統治時代の1930年に建てられた台湾総督府台北放送局の中波送信所であったが、リノベーションされ2022年にオープンした。戦後は国民党に接収され、中国広播公司の板橋送信所として使用された。2015年には新北市の…
中山蔵芸所は、日本統治時代の1921年に建てられた台北州職業紹介所で、リノベーションされ2017年にオープンした。 当初は、職業紹介や職業訓練を目的とした施設で、戦後は台北市衛生院、そして台北市政府衛生局として使用され、1994年からは空き施設となって…
蔡瑞月舞踊研究社は、もともと日本統治時代の1930年代に建てられた日式家屋の文官宿舎だったものが、1953年に台湾を代表するダンサー蔡瑞月に購入され、モダンダンスの稽古場として使用されていた建物である。 この建物は、もともとの日本式木造住宅の構法や…
磯永吉小屋は、日本統治時代の1925年に建てられた旧台湾総督府高等農林学校作業室で、リノベーションされ2017年にオープンした。2009年には市定古蹟に登録されている。2025年はちょうど100周年ということで、記念展示や周年事業が行われている。 当時は磯永…
孫立人將軍官邸は、日本統治時代の1909年に建てられた和洋折衷様式の木造二階建て家屋で、当初は台湾総督府土木局水道課の課長官邸として使用されていた。原設計は、現在も残る台湾の主要官庁を設計した森山松之助によるものである。 建設後は台灣總督的臨時…
西門紅楼は、日本統治時代の1908年に台湾初の公設市場として建設された歴史建築物をリノベーションしショップやカフェが集まる文化創意の複合商業施設として、2007年にオープンした。 建物は日本人建築家によるもので、入口ホールは東洋の風水思想をとりいれ…
紀州庵 文学森林は、日本統治時代の1917年から和歌山出身の平松家によって経営されていた日本式の高級料亭であり、現在は文学の発信基地となっている。当時は文人や政財界人が集う社交の場として知られた料亭であったが、戦後は台北市に接収され、公務員宿舎…
松山文創園区は、台湾における文化創意(文創)産業を牽引するもので、政府の5大文創園区の一つ。台湾の人たちの評価も高い。1937年に建設された松山タバコ工場は、台湾総督府専売局が設立したもので、台湾のタバコ生産の中心でもあった。この工場は1998年に…
水交社文化園は、終戦間際の日本統治時代1941年に、台南海軍航空部隊の軍人家族のために建てられた約20棟の日式住宅宿舍群が、戦後国民党の眷村となっていたものがリノベーションされた文化創意パークである。2004年に台南市が市定古跡に指定し、2019年に水…
台南文化創意産業園区は、日本統治時代の1906年に建てられ、タバコや酒類の保管・流通を担当した台湾総督府専売局台南支局の台南出張所をリノベーションして、2015年にオープンした。2003年には、赤レンガ造の専売局本体の建物が台南市定古蹟に登録されてい…
淡水文化園区は、かつてシェル(殻牌)石油が1900年前後から使用していた倉庫群をリノベーションし、2011年にオープンした文化施設である。1900年に日本本国でシェル石油の前身が起業し、その支店がここ淡水に置かれた。当初は石油の貯蔵施設として機能して…
多田栄吉故居は、日本統治時代の1934年に建てられた日式住宅(日本家屋)で、リノベーションされ2016年にオープンした。当時は淡水街の街長官舎であったが、戦後は国民党政府のものとなり、2005年には新北市市定古蹟に登録されている。多田栄吉は、日本統治…
国家撮影文化中心台北館は、日本統治時代の1937年に建てられた大阪商船株式会社台北支店でリノベーションされ、台湾の国立写真・映像芸術専門機関として2021年にオープンした。この建物は、日本の著名建築家の渡辺節が台湾で設計した唯一のもので、大阪商船…
北門驛は、日本統治時代の阿里山森林鉄路の駅で、リノベーションされ1998年にオープンした。当初、日本は阿里山の林業資源を開発し、木材運搬のため阿里山森林鉄道を建設した。北門驛(現在の北門駅)は、阿里山森林鉄道の起点駅として1910年に開業し、修理…
西門浅草は、西市場(本館)・西市場外館・臺南州青果同業組合香蕉(ばなな)倉庫のリノベ、西門淺草青春新天地、中央広場、そして今でも繊維問屋街として機能している西門商場のエリアからなる大規模文化商業施設である。 2024年に西市場本館、西市場外館の…
台南美術館第一館は、日本統治時代の1931年に建設された元台南警察署を美術館にリノベーションしたものである。元の警察署は、数々の増築を経て複雑な2階建ての建物となったが、それでも、警察署としての機能としては足りなくなったため、別の場所に移転され…
台湾新文化運動紀念館は、日本統治時代の1933年に建てられた台北北警察署で、リノベーションされ2018年にオープンした。当時は警察署であったが、1998年に台北市の古蹟に指定され、2018年には紀念館として開館している。 建築的な特徴として、日本統治時代の…
台北當代藝術館(MOCA)は、日本統治時代の1919年に建てられた建成尋常小学校で、リノベーションされ現代美術館として2001年にオープンした。戦後は、台北市政府庁舎として使用されていたが、1994年に廃止され1998年に台北市の市定古蹟として登録されている…
